
| 趣味の小部屋 | ![]() |
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ニューヨークに来た頃は、何もかもが不思議で新鮮でした。 そして、当然ながら日を重ねる毎にその感動や疑問が段々薄れ 全てが不思議でなくなり始めました。 「こりゃ、いかん!新鮮さを忘れちゃいかん、何かに残そう!」 それが、このホームページの最初の1歩でした。 日々の生活を通して、感じる事をありのままに書きとめつつ、 驚きの体験やマンハッタン情報を少しでも多くの方々とShare しようというのがこのホームページの目指すところです。 小学生の頃は・・・単なるガキ大将で、高学年になると地元少年野球 チームで過激な練習漬けでした。初めてユニフォームを買ってもらった 時はホントに嬉しかった・・・。ショートで1番バッターだったのダ! 中学生の頃は、ひたすらロードレース用の自転車に懲って、 イタリア製の部品とかを通信販売で入手しては組み立ててました。 その自転車で実家のある相模原から丸3日の名古屋単独走行に 挑戦したりしてました。箱根越えと春一番の向かい風はキツかった・・。 (さすがに痔になりかけ、帰りは兄貴に車で迎えにきてもらったけど。) 中・高と陸上部(短距離&棒高跳)で筋肉しか鍛えていなかったので、 大学に入ったら少しは頭も鍛えようという事で、アイセック(AIESEC、 正式名:国際経済商学学生協会)という結構真面目な国際サークルに 入り、その海外企業研修制度というのを利用して豪・メルボルンで 約半年間、マーケットリサーチ会社で研修を受けたりしてました。 学生バイトに近かったけど、かなり高額のお給料を支給してくれました。 その時の研修仲間とは今も交友があり、お互い年を取ったと言い合って ます。 アイセック : http://www.aiesec.jp/ 研修終了後、折角1年休学したんだからという事でメルボルンで7Sotps の世界1周航空チケットと寝袋を購入し、バックパックで約30カ国を 廻ったりしてました。 貧乏旅行を地で行く事になり、食住込みで一日の予算を$15に抑え、 野宿&フランスパン1本で1日を過ごしたり、とかなり過激な旅でした。 でも、各地で撮った夕焼けの写真は今でも大切な宝物となっています。 (オーストラリア→東南アジア→インド→中東→ヨーロッパ→US→日本) 海外に目覚めたこの頃、当時の総務庁主催の「東南アジア青年の船」 に第13回団員として参加し、2ヶ月間にっぽん丸でASEAN6カ国(当時) を各国青年団と共に訪問した経験はとても貴重なものでした。 (皇室の紀子様は第14回団員です!) (日本→フィリピン→インドネシア→ブルネイ→マレーシア→タイ→日本) 東南アジア青年の船 : http://www8.cao.go.jp/youth/koryu1.htm 一応ゼミでも頑張ったです。ハイ。(異文化コミュニケーション論) まあ、昔話しはこの辺にして・・・。 会社に入ってかみさんと出会い、’01年3月にニューヨークへやってきた 訳ですが、USへ来る迄は地元+旧友の集まりで共同購入したヨットで、 西伊豆(沼津)を中心にセーリングするのが至福の時でした。 正直言うとセーリングよりトローリングを仕掛てシーラ(あわよくば鰹!) を狙いつつ、ビールを飲みまくってデッキで昼寝するのがお好み・・・。 ヨットと聞くと何となく優雅な気がするかもしれませんが、実際は海上の キャンプに近く、汚い所で平気で寝っころがって、昨日のコップを海水で しゃしゃっと洗った振りして酒を飲む、という感じです。港々の公共温泉で 汗を流すのがこれまた爽快!日暮れと共に港に停泊し、BBQもよし、 地魚の刺身もよし、ポテチとビールで朝まで語るもよし、の何とも言えぬ 開放感が魅力です。 今も天気がいい日は、船の上でビール飲んで昼寝したい!!病がでます。 |
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| 西伊豆を帆走していた若き日 (ヨットは30Ftの「ひょうたん島X」) ![]() |
以前のハーバーでの全景![]() |
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今のヨット@新しいハーバー ![]() |
船室は何人か寝れます! ![]() |
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セーリング参加ご希望の方、大歓迎です! 以下のアドレスまで、ご連絡をお待ちしております。 YokohamaCruisingclub-owner@egroups.co.jp |
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