ニューヨークへ赴任して約半年、やっと身の周りも落着いて、全てが順調に進み始めた頃だった。夏のある休日の夕方、セントラルパークの野外オペラを聞きに、ワインやチーズをもって出かけた。

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とても楽しい夕べのひと時だった。
セントラルパークの真中辺りにある広大な広場には、数万人の家族連れや恋人達が集まり、思い思いのお弁当やスナック、ジュースやお酒を持ち寄って、シェークスピアのオペラを楽しんでいた。NYでは普段は野外でのアルコールは禁止されている。でも、こういう特別なイベントの時はちょっと多めに見てくれるのだろう。みんな紙袋に入れてるし。

事件は、楽しく過ごしてアパートまで歩いて帰る途中で発覚した。
自分の左手の薬指がいつもと違うのだ。 ゲッ・・・。結婚指輪がない!!!
いつも酒を飲むと手がむくんでしまい、指輪がきつくて痛くなる。そんな時は大体かみさんに渡して預かっててもらう。彼女の時計バンドに指輪を通したりして、無くさないようにしていた。でもこの夜は違った。早々に指輪を外した事が気に入らなかったのか、はたまた彼女も少し酔っていて時計を外すのが面倒だったのか、いつもの様に時計バンドには入れずに、自分の親指にはめて持っていた。それが、セントラルパークの何処かで落っこちてなくなってしまったらしい。

大変なことになった・・・。 
それまでの楽しいひと時が一瞬にして重く暗い時間に変わった。
もう既に夜11時。いまからセントラルパークの中をウロウロするのは危険だし、第一真っ暗だ。絶望的な気持ちで家に帰り、お互いに言葉も交わさずベッドに入った。

翌朝5時過ぎに起き、既に明るくなり始めたセントラルパークを目指して家を出た。かみさんは120%諦めていた様だ。多少自分が預かっていた事に負い目を感じて落ち込んでいるのか、または、酔っていつも指輪を外してしまう旦那の行動に腹を立てているのか、ベッドから起きる気配も無く、黙って目を閉じていた。

実際、見つけ出すのはほぼ不可能だろう。
何処で無くなったかも判らず、大して目立つ物でもない。ただ、自分が無くした事に対する償いのポーズだったかもしれない。かみさんに対するポーズでもあったかもしれない。でも、「なくしちゃった・・・」で終わらせたくなかった。散々探したけど、やっぱり見つからなかった、と後で思える為に探しに出かけた様なものだった。それに、大好きなセントラルパークをこんな事で嫌いな場所にしたくはなかった。

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自宅からセントラルパークまでの歩道を、昨晩歩いた通りの道順をゆっくりたどりながら探した。ある訳がない。到着するまでの道すがら、殆どそれらしいものもなく余計に落胆した。この上、あの数万人がひしめいていた広場で見つけ出すのは不可能だろう。警察に届けた方が現実的か。でも万が一誰かが何年後かに見つけてくれたら、NYPD(ニューヨーク警察)は日本まで追っかけて連絡をしてくれるんだろうか・・・。

朝のセントラルパークは、ジョギングの人と犬の散歩に来ている人以外は居なかった。ジーパンにTシャツ、サンダル姿で、体操をするでもなく、ひたすらうなだれて歩いている自分は精神異常者か何かと思われただろう。「これで見つかったら、俺は奇跡を信じるョ。。」とかブツブツ言いながら歩いている東洋人の事を。実際、本当に奇跡以外見つかる筈の無い状況だった。

とうとう、昨晩座っていたと思われる辺りに到着した。
そこまでの道すがらは、「座っていた場所」という目的地があり、道でなくてもそこにあるかも知れない、という一途の期待と気持ちの逃げ道があった。でも、一旦そこに着いてしまうと、「見つかる筈がない」という思いが現実の事として強烈に頭の中に広がった。 それどころか・・・。昨晩「座っていた」場所も、既によく判らなくなっていた。

昨晩は、何十本もの仮設照明塔やゴミ箱があってその記憶から大体の位置関係は判るだろうと思っていた。ところが、一晩でそれら全てが綺麗に片付けられていて、ゴミ一つ落ちていない。何台もの巨大な清掃車が芝刈り機のごとく手当たり次第にゴミを片付けた様子だった。「アメリカってのは、こういう所は凄いよなぁ・・。」と変な所に妙に感心しながら、位置関係の手がかりを全くなくしてしまった自分をなだめた。

無理だとは知りつつ、20メートル四方位のエリアに絞って、2時間位しゃがみながら探した。丁度朝日が昇り、斜めから直接芝生を照らし始めた。それに照らされて、時々キラっと光るものがあると、大抵それはコインかチョコレートの銀紙か、そんなものだった。
「もう、いい加減諦めよう。探すだけ探したんだし。」と思っては、「もう少しだけ探して見よう。」と思い直し、その頃は多分7時半位になっていたと思う。

疲れ果てて呆然としゃがんでいた時、顔の真下で見慣れた指輪が突然芝生の間から姿を現した。・・・。・・・。 
ホントにっ!?!? 恐る恐るつまみあげた。見慣れた指輪だ。裏側の刻印もちゃんと、「1994.11.5 E to T」と書かれている。俺のダぁ〜!!  何だか、キツネにつままれた様だった。「もうそろそろ許してやろう!」という感じで、突然指輪が顔を出したとしか思えなかった。見つかったのだ!! これは絶対奇跡だ!!喜びいさんでかみさんに電話をしたら、結構冷静で何だか拍子抜けした感じがした。
それにしても・・・。未だに思い出す度に信じられない。あんな広大な芝生の中で・・・。

それ以来、酔っ払って指がむくんでも指輪を外さないか、というと・・・。
全然反省してないじゃん。